~ Je te vuex ~7
着信音とともに画面に現れた名前を見て、反町一樹は僅かに眉を上げた。それまで談笑していた仲間たちからさり気なく離れ、声を聞かれない場所に行く。
「もしもーし」
『反町?僕。今いいかな?』
寮の談話室で、風呂上りのコーヒー牛乳を飲みながら、寛いでいるところだった。歓迎する相手ではないが、受けたものは仕方が無い。
「へー珍しい。お前が俺にかけてくるなんて。何の用だよ。・・・もしかして、収まるところに収まった、ってわざわざ言いたかったのかなぁ?」
『ふふ。おかげさまでね。あのね、小次郎がねぇ。急に色々と僕のことを心配してくれてね。どうしたのかと思ってたら』
君だったんだね・・・と電話の向こうでクスクスと笑いながら岬が言う。反町は視線を上げて、さきほどまで自分がいた辺りに目をやった。ソファに腰かけた日向がコーラを片手に、他の部の人間と楽しそうに笑っている。
「日向さんを泣かせるくらいなら、お願いだから返して貰えませんかね。岬さん」
『あれ。泣いてた?小次郎?』
飄々と返してくる男に反町の目が自然と険呑なものになる。「ちょっとぉ。俺、これでもマジなんだけどね」と苛ついた感情が声にでるのを隠しもせずに、「大事にできないなら、返せよ。この野郎」と、より一層低く抑えた声で続ける。
『うん。大丈夫。ちゃんと大事にするから。・・・ごめんね。反町』
「俺に謝ってもしょうがないじゃん」
『違うよ。そうじゃなくて』
ああ、そうか・・・と反町は思う。そういう 『ごめんね』 は、あんまり聞きたくなかったなあ・・・と。
「・・・まあ、何はともあれ。日向さんが元気になったのは良かったんでしょーね。俺も多少は罪悪感あったし」
反町だって自ら蒔いた種とはいえ、この1か月半もの間、どこか浮かない表情をした日向を見るのはやはり辛いものがあったのだ。
だが岬が何に対して 『ごめんね』 と言っているのかを理解してしまった今は、それはそれで心穏やかでいられない。反町は短く嘆息した。
「あーやだやだ。つまんねーの」
『ちゃんと大切にするからさ。だから反町。許してね?』
「・・・・」
『君たちの宝物は、ちゃんと僕が幸せにするから。だから、ね?』
君は小次郎の大切な友達だから、君が許してくれないと、小次郎もきっと悲しいから 。
囁くようにそっと告げられた言葉に、反町は天井を見上げて息を吐いた。
「娘を嫁にやった父親の気分って、こんななのかなあ・・・」
『娘?・・・ふふ、どうだろうね』
それから二言三言、どうでもいいような会話を交わして電話を切った。
「反町?何してるんだ。そんな隅っこで」
携帯を操作して幾つかの画像を削除していた反町に、コーラを飲み干した日向が空きビン片手に近づいてくる。部屋に戻るのだろう。
「何でもないよ、日向さん。あ、それよりさぁ・・・」
反町は端末をジャージのポケットに無造作に突っ込むと、日向の空いている方の手に腕を回して一緒になって談話室を出て行った。
END
2015.03.13
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